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「情報」ということばは、いつ生まれたのか?

Clker-Free-Vector-Images / Pixabay

「情報とは何か?」と問われたら、どう答えますか?

情報化社会と言われて久しい昨今、身の回りには情報が溢れています。そのあまりの多さに溺れている人も少なくないでしょう。

テレビCMや昨日の記事にあったような「美顔器のステマ」に弄ばれてしまう人がいるのも致し方ありません。情報との付き合いが始まったのは、ごく最近の話なのですから…。

そもそも情報とは?

まず「情報」の意味を調べてみましょう。

以下は、コトバンクによる検索結果です。

じょうほう【情報】

①事物・出来事などの内容・様子。また、その知らせ。 「横綱が引退するという-が入った」 「戦争は既に所々に起つて、飛脚が日ごとに-をもたらした/渋江抽斎 鷗外」

②ある特定の目的について、適切な判断を下したり、行動の意思決定をするために役立つ資料や知識。

③機械系や生体系に与えられる指令や信号。例えば、遺伝情報など。

④物質・エネルギーとともに、現代社会を構成する要素の一。 〔「事情」を「報告」することから一字ずつ抜き出してできた略語。雑誌「太陽」(1901年)に出てくるのが早い時期の例。諸種の訳語とされたが英語 information の訳語として定着〕

引用元:https://kotobank.jp/word/%E6%83%85%E5%A0%B1-79825#E5.A4.A7.E8.BE.9E.E6.9E.97.20.E7.AC.AC.E4.B8.89.E7.89.88

簡単にまとめると、「知らせ」「資料・知識」「信号」といったところでしょうか。興味深いのが4つ目の意味です。

「事情」を「報告」することの略語だったのですね。「情報」という言葉がいつから存在したのかに関心があるので、これは非常に興味深い記述です。

起源は軍事用語

語源が何なのかが気になり、調べてみると、「情報」という言葉の始まりを調べた方々がおられました。

一人は、(財)日本医薬情報センターの長山泰介氏。彼が調べた内容は、論文として公開されているので、誰でも読むことができる。そこにはこう書いてあります。

情報という言葉の起源

森鴫外が明治20年前後クラウゼビィツの「戦争論」の翻訳に造語したのが最初と思われる。

引用元:http://ci.nii.ac.jp/naid/110002755644

さらに、過去を遡って最初の「情報」を見つけた人

しかし、その後より古い文献で「情報」という言葉を見つけた人が現れました。大手前大学の小野厚夫教授です。情報学(情報学基礎)と物理学(素粒子・原子核・宇宙線・宇宙物理)専門とされています。

小野氏が情報処理学会に2005年に寄稿されたものが公開されています。そこには「情報」という日本語の起源が書かれています。

45周年記念特別寄稿:情報という言葉を尋ねて(3)

・論文抄録

情報は日本で作られた言葉で、1876年出版の酒井忠恕訳『佛國歩兵陣中要務實地演習軌典』に最初の用例があり、その原語はフランス語のrenseignementである。初期には情報と状報が併用されていたが、ほどなく情報に統一された。はじめは兵語として用いられていたが、日清、日露戦争の記事で新聞用語として定着し、一般化した。第二次世界大戦後は英語のinformationの日本語訳として用いられ、科学的に取り扱われるようになった。

引用元:https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=65360&item_no=1&page_id=13&block_id=8

最も古い使用例は、今から約140年前のものが確認されているようです。フランスの軍事用語が原語だったのですね。それも軍事スパイや警察関係者しか使わないようなもので、同じ軍事用語の「諜報」と類似した意味で使われていたことがわかります。

このあたりの流れは、立正大学の山下倫範教授がまとめてくださっています。

「情報という言葉の語源とその周辺について」

http://yamashita-lab.net/yamasita-diary/information-origin.pdf

情報とは「刺激」ともいえる

小野氏の『45周年記念特別寄稿:情報という言葉を尋ねて(3)』を読み進めると、終盤にこのように書かれています。

いま,人の情報活動に限定して話を進めることにすれば,人の五感を通して得た知らせのすべてが「情報」である.

引用元:https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=65360&item_no=1&page_id=13&block_id=8

ということは「情報」はすなわちすべての「刺激」と言えるかもしれません。目に入る光も刺激、肌への接触も刺激、嗅覚が反応するのも刺激です。これらはすべて「情報」だということになります。

加えて、人間はただただ刺激に振り回されるだけの存在ではありません。刺激をただの刺激としておかないのです。

しかし,人はそのすべてを受け入れることはせず,何らかの評価基準で取捨選択し,そのごく一部だけを受け入れ,それが要因となって何らかの変化がもたらされる.この評価された知らせは「知識」と呼ばれることもあるが,その多くは「知識」というほどの重みを持っていない.

引用元:https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=65360&item_no=1&page_id=13&block_id=8

「情報」は「知識」の元となるのですね。冒頭の辞書に掲載されていた意味は、このあたりの内容を踏まえて定義されているものなのでしょう。

当然ながら、小野氏の言うとおり、全ての「情報」が知識になるわけではありません。しかし、衣食住などと同じように、「情報」は人類が生きていくのに必須なものとして、認識される必要があるようにも思えます。