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病気でなければ「健康」だと思っていたら大間違い

White77 / Pixabay

健康とは、すべてが満たされた状態

偶然のご縁をいただき、医療に関わる仕事に携わる機会がありました。

私自身は、今まで自分の体のことで困ったことがなく、正直なところ健康について真剣に考えたことがありませんでした。

仕事で関わってようやく真剣に考え始めたのですが、その過程で初めて知ったのが「健康」の定義です。

私は当初、ただ単純に「健康」とは「病気でないこと」だと思っていました。しかし、国連の専門機関である世界保健機関(WHO)では、はるかに広い意味での定義をしているのです。

「病気でないこと=健康」ではない

世界保健機関憲章前文 (日本WHO協会仮訳)

健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが 満たされた状態にあることをいいます。

病気でないだけでは、健康とはいえないのです。このWHOの定義は医療関係者の間では一般常識だとのこと。

しかし、私のような素人にとっては衝撃的な内容でした。では、どうすれば健康になれるのでしょうか?

健康を築く3つの要因

WHOの定義に基づいて考えると、大きく3つの要因が示されています。

  • 肉体的
  • 精神的
  • 社会的

肉体的なことはわかりやすい

肉体的な健康とは、文字通り「体が健やかで元気に動くこと」でしょう。単純に理解すると「病気ではい、弱っていない」といった面を説明しているように理解できます。これは比較的想像がしやすい分野です。

この肉体的な健康については、自分で少しは何とかできそうです。ただ、思いもよらない怪我や病気は避けられません。あくまで、「多少は自分の力でどうにかなる」というレベルでしょう。

翻って残りの2つは、一気に抽象度が上がり、区分けがわからなくなり、自分ではどう扱っていけばいいのかも難しくなってきます。

あまりに広義過ぎる社会的な健康

ざっと調べてみたところ、社会的な健康についてはWHO自身が1998年に「健康の社会的決定要因」として整理してくれていました。

健康を達成するための前提条件

1. 平和
2. 住居
3. 教育
4. 食糧
5. 収入
6. 安定した環境
7. 持続可能な資源
8. 社会的公正と公平

引用元:wikipedia

個人がどうにかできるのは一部だけ

これらを前提条件とするならば、個人の力は非常に心もとなくなります。個々人が対応できそうなのは、自作できるレベルの「住居」や、農業による「食料」くらいかもしれません。

「収入」も多少は自力で影響を及ぼせるでしょうが、経済情勢との兼ね合いもあるので、個人の努力ではどうしようもない力の影響も非常に大きいと考えます。

自身の健康において、3分の1を占める社会的なものの中には、自分ではどうしようもないものが存在するのですね。

精神的に「スピリチュアル」を含むかどうかの議論がある

残った精神的な健康については、私のような素人が思いつくレベルでは「精神的な病にかかっていないかどうか」や「信仰・宗教の力」といったものくらいしか思いつきません。

この精神的な健康について、「スピリチュアル」という概念を入れるかどうかについては、議論されている最中のようです。

長崎大学学術研究成果リポジトリ

健康についての医療人類学的一考察 - WHO の健康定義から現代日本の健康ブームまで-

健康はもはや「幸福」と同義

それにしても、「健康」の定義をここまで広げると、もはや「幸福」と同義になってきます。「健康」を定義しようとした方々の取り組みは、全人類にとっての「幸福」を定義する試みともいえるでしょう。

こうなると、医療分野だけでなく、社会学、心理学、哲学なども大きく関わってくる領域になってきます。今まで、自分とは縁がないと思っていた医療分野にも、私の知りたいことがまだまだたくさん眠っていそうです。