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自由に翻訳していい著作物が存在することに驚いた

翻訳

「英語の勉強のために、日本の小説やWebサイトの記事の翻訳をしてみたいんだけど、さすがに翻訳文を勝手にネットに公開するのはヤバいかな?」という調べもの依頼をいただきました。

あわよくば広告収入も狙いたいとのこと。

さすがに厳しいだろうとは思いながらも、調べてみると結果は当然NG。

ですが、副産物として、非常に興味深い「例外」が出てきました。

著作権の一つ「翻訳権」

著作権について初めて調べたのですが、その内容は多岐に渡るのですね。

その著作権の中に、このような権利も含まれるのです。

(翻訳権、翻案権等)
第二十七条 著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。

引用元:公益社団法人著作権情報センター

翻訳権や翻案権という表現を初めて知りました。

また、これらの権利がいつ発生するのかも、今回初めて知りました。

著作権は、著作者が著作物を創作したときに自動的に発生します。

引用元:公益社団法人著作権情報センター|著作者にはどんな権利がある?

自動的に発生するというのは、実に興味深いところです。

ということは、私が好き勝手に書いているこの記事内容についても、次々と著作権が発生しているのですね。

このことは教わることも自覚もないので、なんだかとても不思議な気がします。

著作権が保護される期間

発生するときは自然と生まれる著作権ですが、保護される期間はいつかは消えます。

現在では、「著作者の死後50年」というのが原則とのこと。

「著作権(財産権)」の保護期間
ア 原則
「著作権(財産権)」の保護期間は、著作者が著作物を「創作したとき」に始まり、原則として著作者の「生存している期間」+「死後50年間」です (第51条)。

引用元:文化庁|著作権なるほど質問箱

国外の著作権とは条約で合意形成

手厚く保護されている著作権ですが、これが海外ともなると少々ややこしくなってくるようです。

例えば、日本国内のコンテンツを翻訳して、諸外国で使用する場合、保護する範囲や期間などを日本の法律で守るのか、現地の法律を適用するのか?といった点です。

これらは、国同士が条約に締結して「お互いに守り合おうね」という宣言をしているのです。

• 文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(ベルヌ条約)-1886年
• 万国著作権条約-1956年
• 著作権に関する世界知的所有権機関条約(WIPO著作権条約又はWCT)-1996年
• 実演及びレコードに関する世界知的所有権機関条約(WIPO実演・レコード条約又はWPPT)-1996年

引用元:KITIE-慶應義塾大学日吉メディアセンター|著作物の利用

条約はあくまで「国家間の合意」ですから、いつ変わってもおかしくないものです。

とはいえ、加入している間は機能します。

その中で、私が驚いたのが「旧」ベルヌ条約です。

翻訳権が消滅している著作物が存在する

消滅
vuralyavas / Pixabay

文化庁のサイト『著作権なるほど質問箱』には「翻訳権の保護期間」に関する記載があります。

そこには一部の著作物について翻訳権の消滅に関する内容が書かれているのです。

(イ) 翻訳権10年留保
我が国はかつて、著作物が最初に発行された年から10年以内に翻訳物が発行されなかった場合翻訳権が消滅し、自由に翻訳することができる制度(翻訳権不行使による10年消滅制度)を適用することを、ベルヌ条約上、宣言していました。

引用元:文化庁|著作権なるほど質問箱

こちらのサイトが上記内容を簡単にまとめてくれています。

1. 原著の刊行された時点から10年 (該当する場合には+戦時加算) 以内に、日本国内で正式に契約されて翻訳出版がされなければ、その本の翻訳権は自由使用となる。

2. その10年以内に翻訳出版されれば、一般の著作権の保護期間だけ、翻訳権も存続される (つまり、死後50年+該当する場合には戦時加算)。

引用元:翻訳権について

非常に手厚く守ってくれ著作権法ですが、その中にも「例外」が存在するのですね。

自由使用というのは、さすがにやり過ぎだと判断されたみたいで、のちにこのベルヌ条約は撤回されています。

しかし、上記の「例外」を適用された著作物に関しては、現在もなお使えるようです。

翻訳権が消滅している作品とは?

では、実際にどのような作品が「例外」に含まれているのでしょうか?

上記の「翻訳権について」というサイトには、このような記載があります。

クイーンやカーやクリスティーの初期作が数社の文庫から出たり、〈世界探偵小説全集〉 をはじめクラシック・ミステリの企画が翻訳権を取得せずに出すことができるのは、この 「10年留保」 条項のおかげです。

引用元:翻訳権について

また、Yahoo知恵袋でもこのような書き込みを見つけました。

朝ドラ「花子とアン」で主人公が「王子と乞食」の翻訳をしてますが、大正時代の日本での海外作品の著作権はどうなっていたのでしょうか。外国の版元に連絡をしていたのでしょうか?
ライセンスがどうなっていたのか、どなたかご存知ですか。

引用元:Yahoo知恵袋

他にも探せば見つかりそうですね。

今回の依頼者にも今回の調べもの内容をお伝えしました。

古典英文学もお好きな方なので、「自由に使えそうな作品を調べてみます!」と意気込んでおられました。

海外版『青空文庫』のようなものは、ないものかな。

今度はこちらから「海外版青空文庫みたいなものはありませんか?」という調べもの依頼をしてみます。

多様性を許容するために「違いの見える化」が有効ではないだろうか?

多様性

高さ170cmの棚に、他者の背丈が届かないことで怒りを覚える人はいるでしょうか?

多くの人は「身長によっては届かなくても仕方ないよね」という理解をするだけでしょう。

日常生活の中でも、身長の低い人が高い人に「タンスの上の〇〇を取って」と依頼することは、ごく自然なものです。

ところが、これが「性格」となると話が全く違ってきます。

「わからない」ことがトラブルを生む?

「身長」という特徴は、物理的なもので誰が見てもわかる違いです。

だからこそ、健全な諦めが可能です。

一方、性格は見ただけではわかりません。

この「わからなさ」が人間関係の様々なトラブルの温床になりがちなのです。

例えば、ビッグファイブ理論における特徴の違い。

外向性が高い人は、自分の外部に刺激を求める傾向にあります。

  • 人がたくさん集まるパーティーが好き
  • 絶叫マシンのような激しいアトラクションを好む
  • 一夜限りの恋を求めることもある
    (他の4つの因子とも関連するので、外向性だけでは決まりませんが、あえて単純化します)

外向性が低い人からすれば、外向性が高い人の上記のような行動は理解ができません。

性格への遺伝の影響を知らなければ「なんであいつはいつも落ち着きがないんだ!」とただ怒りを覚えるだけになることもあるでしょう。

しかし、相手を突き動かしているものの半分が「遺伝」だとわかると、しぶしぶながらもある程度は「仕方ないよね…」と健全な諦めに至ることも多いのです。

身長の高さという身体的特徴を変えようとしないことと同じで、相手を変えようとしなくなることの方が有益なことは少なくありません。

変えにくいものに注力するよりも、変えやすいものに注力した方が明らかに効率的ですから。

遺伝が影響するのは、身長9割、性格5割

双子
AdinaVoicu / Pixabay

遺伝の影響を研究する分野では、別々に育てられた一卵性双生児研究の類似性があります。

その研究の結果の一例として

身長では9割、外向性などの主要な5割、推理や空間把握能力は4割台、記憶や言語能力では3割台

引用元:『だまされ上手が生き残る 入門! 進化心理学』P.63

という説があります。

「身長が決まる要因の9割が遺伝の影響」だということに、違和感を覚える人は少ないでしょう。

だからといって、全く変えられないわけではありませんが、非常に変えにくいものであることも事実でしょう。

一方、性格は5割。

半分ですから、これを多いと感じるか、少ないと感じるかは人それぞれでしょう。

どちらにせよ、人間の性格の半分が遺伝の影響を受けているというのは事実です。

遺伝的な影響を「見える化」するのがビッグファイブ理論

その生まれ持った特徴は、日常では断片的に「行動」として垣間見えるだけです。

数値として「見える化」するために有効な一つ手法がビッグファイブ理論なのです。

実際、パーソナリティ心理学を学ぶことで、人付き合いはとてもラクになります。

自分と違う人の行動パターンを許容できる幅が増えます。

私の友人に、非常にマイペースで行動的な人がいます。

ただ、ちょっと周囲への配慮が薄く、マイペース過ぎる傾向にあります。

以前の私であれば「あいつはなんでこうなんだ」と怒りを覚えていたことでしょう。

しかし、今では「外向性と経験への開放性の高さと、共感性、神経症傾向の低さがあの行動を生んでいるんだな」と理解できます。

ある程度行動パターンを理解できるからこそ、行動を予測して準備やフォローも可能となるのです。

相互理解が他者との協力の基盤となる

お互いが違いを把握していれば、「なんでアイツは!」という怒りを覚える機会は大幅に減ります。

身長と同じで、後天的にあまり変えようがないものに対して、怒りを抱くことは少ないものです。

「なんでアイツは身長が低いんだ!」と怒ったところで、何の意味もありません。

また、不用意に「相手を変えよう」ともしなくなります。

「変えよう」というのは、部分的には「現状の否定」でもあります。

否定しにかかってくる人間と良好な関係を結べる人は、きわめて稀なもの。

不用意に他者を変えようとアプローチをすることは、トラブルを量産するだけです。

他者との違いを理解できるようになることが多様性と付き合える入り口となるでしょう。

身長のような見ればわかる違いが問題になることはありません。

性格はすぐに目に見えないからこそ、できる範囲の数値化が有効ではないでしょうか。

 

『だまされ上手が生き残る 入門! 進化心理学』
著者:石川 幹人

自分の性格を変えたい人は、パーソナリティ心理学を学ぼう

パーソナリティ心理学

「自分の性格を変えたい」という方は意外と多くおられます。

自分の性格が嫌いな人に会うことも決して少なくありません。

このような方々にこそ強くお勧めしたいのが、パーソナリティ心理学を学ぶことです。

この分野にはMBTIやエニアグラム、DiSC理論など、さまざまな分析の仕方があります。

どれも実用的な分析ですが、昨今の心理学の趨勢から、特性5因子理論(ビッグファイブ)を学ぶのが最も有益だと私は考えています。

学び始めに最適の一冊

比較的読みやすくて、詳しいのがこの本。

『パーソナリティを科学する 特性5因子であなたがわかる』
著者:ダニエル・ネトル

著者のダニエル・ネトル氏は、英国ニューカッスル大学生物心理学部の専門家。

日本では2009年に出版された本なので、現在ではより研究が進んでいるかもしれません。

それでもなお、特性5因子理論(ビッグファイブ)を学び始めるのには、とても良質な一冊です。

特性5因子理論(ビッグファイブ)診断

ビッグファイブは、人の性格特性を5つの因子で表します。

  1. 外向性
  2. 神経質傾向
  3. 誠実性
  4. 調和性
  5. 経験への開放性

診断方法は、簡易なものから専門的なものまでをまとめていますので、こちらをご覧ください。

性格の50%は遺伝で決まる。だからこそ、自分の特徴は掴んでおこう

それぞれの数値がすべて高いほど良いのかというと、そうではありません。

全ての特性について高い場合も低い場合も、メリットとコストの両方が存在するのです。

だからこそ、自身の特性を知ることが重要なのです。

生きるコツとは、これらのコストにうまく対処し、ともに生き、押しつぶされないようにすることである。

引用元:『パーソナリティを科学する 特性5因子であなたがわかる』P.141

自分の性格に悩みがちな人の強み

神経質
geralt / Pixabay

往々にして、自分の性格を思い悩む人の多くは「神経質傾向」が高い人です。

ひと言で表現するなら「ネガティブな情動への反応が強い人」です。

何かをすることで獲得できそうな報酬や性的興奮、知的好奇心よりも、不安への反応が勝る傾向を持っているのです。

これだけを見ると自分の性格をより嫌ってしまうかもしれませんが、当然ながら神経質傾向が高い人にはメリットもあります。

厳しい環境下で生存確率が高くなる

神経質傾向が低すぎると、死亡率を増大させることが知られています。
リスクに気づかなかったり、楽観的なあまり危険を放置するため生存確率が下がるのです。

ものごとの現状が正しくないと感じ、変えたいと強く思う

だからこそ、自身がかかわる領域で革新者となる可能性が高いのです。

失敗への恐れをバネにとてつもない努力を果たし、成果をあげる

取りつかれたように仕事をする人がいます。
当然ながら、その中で着実に結果を出していきます。

最も注目すべきは「現実を冷静に見極める力」

中でも、神経質傾向が高い人の特徴は、現実を冷静に見極める力を有すること。

ものごとを楽観的に見ないので、人間が陥りがちな「不確かな思い込み」に目が曇ることが少ないのです。

この能力は、仕事において必ず役立ちます。

株で勝っている人に、神経質傾向が高い人が多いのは有名な話。

他に専門知識を詳細に学ぶ研究分野でも活かせるでしょう。

社内のさまざまな危険に気づき、事故が起きる前に対策を講じることもできるでしょう。

しかし、「ポジティブ信奉者」は、神経質傾向の特徴を一笑に付すことでしょう。

何らかの具申をした記録を残しておいて、放っておきましょう。

いつか困るのは、ポジティブ信奉者ですから…。

性格を変えることより特徴を活かす術を見つけられる

性格の半分は、持って生まれたものです。

身長や体格、顔の形と同じで、大きくは変えようがありません。

だからこそ、それらを活かす術を学びましょう。

そのための大きなヒントが特性5因子モデル(ビッグファイブ理論)にはありますよ。

『パーソナリティを科学する 特性5因子であなたがわかる』
著者:ダニエル・ネトル

腰痛でお悩みの方にぜひ読んでほしい『腰痛診療ガイドライン』

腰痛

健康食品や健康サービスを買う前に、根拠があるのかどうかを調べる時に有効なサイトは以前にもご紹介しました。

健康を求めて商品を買う前に、必ず一度は見ておくべき3つのサイト

同じように、様々な治療法についても根拠を示しながら、情報を公開してくれているサイトを探していました。

すると、元・医療関係者の知人があるサイトを教えてくれました。

医療関係者が閲覧するためのサイト

医療情報サービスMinds(マインズ)

厚生労働省から事業委託を受けた組織が科学的根拠に基づき、情報発信をしてくれているサイトです。

私は存在を知らなったのですが、10年以上も前から公開されていたのですね。

ここでは本来なら医療関係者が閲覧する情報まで読むことができます。

とはいえ、私たちは素人ですから、これらの情報だけで独断してはいけないことは確かです。

しかし、参考になる情報がこうして公開されていることは知っておいて損はありません。

腰痛の人は必見『腰痛診療ガイドライン 2012』

例えば、腰痛でお困りの方は、ぜひ一度この『腰痛診療ガイドライン 2012』を読んでおくといいでしょう。

章立ては以下の通り。

  • 第1章 定義
  • 第2章 疫学
  • 第3章 診断
  • 第4章 治療
  • 第5章 予防

すでに腰痛でお困りの方が必要とするのは、第4章の「治療」でしょう。

腰痛に有効だという根拠がある治療について

目次を列挙しますので、気になる箇所があればぜひ読んでみてください。

CQ 8. 腰痛の治療に安静は必要か
CQ 9. 腰痛に薬物療法は有効か
CQ 10. 腰痛に物理・装具療法は有効か
CQ 11. 腰痛に運動療法は有効か
CQ 12. 腰痛に患者教育と心理行動的アプローチ(認知行動療法)は有効か
CQ 13. 腰痛に神経ブロック・注射療法は有効か
CQ 14. 腰痛に手術療法(脊椎固定術)は有効か
CQ 15. 腰痛に代替療法は有効か
CQ 16. 腰痛の治療評価法で有用なものは何か

引用元:『腰痛診療ガイドライン 2012』

専門家にとって当たり前なことかもしれませが、私のような素人にとっては、驚く内容が少なくありません。

治療
SilasCamargo / Pixabay

急性腰痛には安静が必ずしも有効な治療法とはいえない

腰痛のときは、ゆっくり休むといいのだと思い込んでいました。

ところが「ベッドの上で安静にする」のは効果が低いという報告があるだそうです。

むしろ、無理のない範囲で、活動を維持した方がよいというのは、本当に驚きです。

運動療法が急性腰痛に効果がないけど、慢性腰痛に効果がある(しかも、有効なエビデンスも存在する!)

急性腰痛について「運動療法が痛みの軽減に差がない上に、機能回復にも効果が認められない」とはっきり書かれています。

でも、慢性腰痛には「効果がある」と明記されています。

急性と慢性では、対応策が全く違ってくるのですね。

運動の種類によって効果の差が認められない

腰を曲げるか伸ばすかという運動の違いは、効果の大小にあまり関係がないとのこと。

これも驚きです。

どの運動が最も効果があるのか?を追求するよりも、まずは運動をすることが先決なようです。

認知行動療法は、亜急性・慢性腰痛の治療に有用である

腰痛で心理療法が出てくるとは思いませんでした。

しかも、有効であるというエビデンスが複数あることにも驚きです。

結局、自分で運動する習慣を少しずつでもつけることが有効なのですね。

上記に紹介したのは、本当にごく一部です。

ぜひ、気になった箇所を読み込んでみてください。

ただ、運営母体は天下り先としてWeb上では叩かれている

 

最後に、このサイトの運営母体が気になりました。

法人名は「公益財団法人日本医療機能評価機構」。

どうやら、病院の評価を下している組織のようです。

WEB上では「ただの天下り先だから、存在価値なし」などと叩かれています。

疑問を抱く人は、他にもいるようで、Yahoo知恵袋にも以下のような質問があるほどです。

病院機能評価を取得することはどういったメリットが誰にあるのですか?

機能評価をしてもらった認定をもらうために、数百万も払えと言われたら、誰でも疑問を抱くことでしょう。

しかし、医療関係の情報を握っているのは確かです。

実際、医療情報サービスMinds(マインズ) は、非常に参考になります。

情報に罪はありませんから、ぜひとも活用させてもらいましょう。

ダイエットの意味は「食事制限」。痩せることだけを表していない。

ダイエット

「ダイエット」という言葉はよく聞きますが、この言葉の意味について考えたことがありませんでした。

漠然と「痩せること」という程度の理解しかなかったのです。

しかし、化粧品やサプリメントなどを調べる中で、よく見かける言葉だったので調べてみました。

日本語辞書の意味は「食事制限」

まずはいつものように辞書で調べてみました。

すると、さっそく私の勘違いが判明しました。

ダイエット(diet)  健康または美容上、肥満を防ぐために食事を制限すること。

引用元:コトバンク-「ダイエット」

なんと「痩せる」という意味ではないのです。

「ダイエット=痩せる」といった思い込みが私にはあったのですが、それはどうやらごくごく最近の変化のようです。

では、その根源をたどってみましょう。

語源は「生活様式」を表すギリシャ語

日本語のダイエットは、英語のdietから生まれた言葉です。

では、英語のdietの意味はなんなのでしょうか。

調べてみると、もともとは日常の食べ物を表すギリシャ語だったようです。
(出典:語源由来辞典-ダイエット

だからこそ、英和辞典でdietを調べると、まず最初に

a meat diet (肉食)・a vegetable diet (菜食)

といった用法が出てきます。

元々は痩せることと、直接かかわる言葉ではなかったのです。

飽食時代が生んだ「減らす」という意味

食事
GuillermoVuljevas / Pixabay

次に出てくるのが「(治療や体重調節のための)規定食」「食餌(事)療法」「食事制限」といった意味です。

ここでもまだ「痩せる」に直接かかわる言葉はありません。

むしろ、療法とするからには、症状によっては体力をつけるために「もっと栄養のある物を食べましょう」という話も当然出てくるでしょう。

しかし、現在の日本は、飽食の時代。

現代人は食べ過ぎによって、病になることが少なくありません。

だから、治療のための食事を考えると「〇〇の摂取量を減らす」といった意味合いに自然となりがちなだけなのですね。

決して、食べる量を減らすことがダイエットではないのです。

痩せるためには「ダイエット」では明らかに足りない

仮に、ダイエットの意味が食事制限であれば、「痩せる」という目的を果たすには、明らかに足りません。

たしかに、食事は重要です。

しかし、食事以外にも日々の運動や生活リズム、ストレスの具合など、様々な要因に私たちは影響を受けています。

そのうちの一つを取り上げて、力を注いでも大した効果は得られないでしょう。

むしろ、食事以外のものを少しずつ組み合わせる方が明らかに有効ではないでしょうか。

 

それにしても、言葉の変化は本当に興味深いですね。

「情報」という言葉を調べた時にも感じましたが、原型がわからないほど変化してくのですから、実に興味深いものです。

「情報」ということばは、いつ生まれたのか?

病気でなければ「健康」だと思っていたら大間違い

化粧品が浸透していいのは皮膚の表面0.02mmだけ

化粧品

「肌に塗ると吸収されて、効果に繋がる」と謳っている商品を数多く見かけます。

しかし、コラーゲンなどの美容商品を調べると、皮膚への吸収はあまり期待できないことがわかってきました。

では、この皮膚は、いったいどのような構造をしているのでしょうか。気になって調べてみました。

皮膚の表面で重要な働きをする角質と皮脂のブロック塀

「肌のテカリ、脂っぽさを抑えたい」といった肌のお困りごとの一つとして、よく悪者扱いされてしまうのが皮脂(ひし)。

しかし、皮膚の一部としては、非常に重要な機能を果たしています。

それが「防壁と保水」です。

皮膚の最も表面に存在する「角質層(かくしつそう)」で、細胞同士をつなぎ合わせるように詰まっているのが皮脂なのです。

これにより外界と遮断しながら、また皮膚内部の水分を保つ役割を果たしています。

よく例えられるのは「角質がレンガ、皮脂がセメント」という説明です。

この頑丈なバリア機能があるからこそ、そう簡単には外界からの異物を侵入させないのです。

角層は同じ厚さのプラスチック膜並みの水の通しにくさを持っているのです。

引用元:角質層(表皮の中で最も外側の層)の解説と働き

だからこそ、人は日々様々なものに触れながら、病気にならずに生きていけるのです。

触れたものを見境なく体内に吸収していたら、とても生存していられません。

実は、化粧品が活躍する舞台は0.02mmの角質層だけ

この角質層、とっても薄いものです。

皮膚表層の平均約0.02mmしかありません。

その薄さから、ラップ一枚分とよく表現されます。

化粧品や美容液などの広告では、皮膚の奥深くまで吸収されているかのような表現を見かけますが、あれはあえて誤解されるような演出をしているに過ぎません。

皮膚の構造

上図の黄色い部分にしか作用しないのです。

いくらなんでもあまりに狭い…。

もっと言えば、薬機法(旧・薬事法)によって角質層の奥にある真皮層に浸透させる作用を謳うことは禁止されています。

化粧品の作用が及ぶ範囲は、角質層までとなっているため、真皮に浸透し作用する内容の広告はできません。

引用元:京都市-化粧品に関する事例

それより奥は、医薬品の領域なのです。

厳しい基準のようですが、人体に有害な物質を体内に送り込むような商品が出てこないようにするためには、必要な措置といえるでしょう。

浸透するには分子量500以下という条件もクリアする必要がある

法律による規制があるからとはいえ、皮膚のごく表面に乗るだけのものにどれほどの効果が期待できるのでしょうか。

広告の表現として「浸透」と書けないだけで、本当は浸み込んでいるのでしょうか。

しかし、この点においても、吸収される分子量の問題も残っています。

分子量が500以下でないと真皮まで届かないことは、コラーゲンについて調べたときに判明したとおりです。

分子量の問題で、真皮まで浸透しない成分の一部をまとめてくれているサイトがありました。

<分子が大きくて肌に浸透しない美容成分>

コラーゲン(分子量10万)、ヒアルロン酸(分子量:100万)、EGF・FGF(分子量:6000)、タンパク質(分子量:5000~4万)

引用元:東洋美容鍼灸院|美容成分の浸透

これらはあくまで皮膚の表面に乗るだけなのです。

化粧品の効果とは果たして…

調べれば調べるほど、これほど疑問が湧いてくるとは思っていませんでした。

昨今、様々な美容成分が次々と出てきていますから、それなりに科学的な根拠があるものだと思っていました。

実際、研究者の方々が実験する場合には、何らかの効果は出ているのだと思います。

だからこその研究論文です。

でも、その効果を商品がどこまで再現できているのかは別なのかもしれません。

ヒアルロン酸もただ塗るだけであれば表面の保湿にしかなりません。

しかし、「皮膚の下に注射」といった使い方をすることで、役割が大きく変わることなどはその一例でしょう。

果たして、ただ表面の0.02mmに留まるだけの化粧品にはいったいどれほどの期待ができるのか…。

引き続き、希望のある情報にあたるまで調べ続けます。

「フジ『嫌われる勇気』への日本アドラー心理学会の抗議」に概ね同意

独学

フジテレビが放送するドラマ『嫌われる勇気』に対して、日本アドラー心理学会が抗議文を出しました。

日本アドラー心理学会による抗議文

その内容には、概ね同意しています。

私もアドラー心理学を学ぶ一人として、思うところがあるので書かずにはいられなくなりました。

7年前からアドラー心理学を独学してきた者として…

私は2010年頃からアドラーを知り、独学で学んできました。

とはいえ、所詮は独学ですから素人に過ぎません。

だからこそ、少しでも学びのヒントがあればと思い、ドラマは初回から見ていました。

しかし、まだこの程度の学びしかない私から見てもドラマの内容は本当にひどいものです。

見るたびに「セリフが上滑りしている…」と感じていました。

ドラマは「嫌われる勇気」を勘違いしている

ドラマの主人公は作中で「ナチュラルボーンアドラー」などと呼ばれています。

生まれつきアドラー心理学を体現しているとのこと。

しかし、決してアドラー心理学の実践者などではありません。

たしかに、岸見一郎氏の著書には

「自由とは、他者から嫌われることである」

引用元:『嫌われる勇気』 P.162

とあります。

しかし、次のページにはこうもあります。

「わざわざ嫌われるような生き方をしろとか、悪行を働けといっているのではありません。そこは誤解しないでください」

引用元:『嫌われる勇気』 P.163

決して「嫌われろ」ということではないのです。

あくまで「嫌われることを恐れずに、対人関係に向き合いましょう」というものです。

しかし、残念ながらドラマの主人公は「ただ嫌われる人」に成り下がっています。

他者に配慮もせず、他者の存在を無視するかのように振舞っています。

対話を重視するアドラー心理学とは全く相容れません。

これではアドラー心理学が誤解されるだけ…。

真剣に学ぶ方々から抗議の声が上がるのも致し方ないでしょう。

「課題の分離」についても大事なことを伝えていない

また、アドラー心理学の中でも非常に重要な「課題の分離」についても、ドラマでは最も大事な点が抜けています。

それは著書『嫌われる勇気』のこの部分です。

課題の分離は、対人関係の最終目標ではありません。むしろ入り口なのです。

引用元:『嫌われる勇気』 P.153

他者と良好な対人関係を築くための入り口に過ぎないのです。

ドラマでは、分離しただけでスッキリしたかのような登場人物がいました。

これは誤解を生みます。

課題の分離で完結してしまっては、ただ社会と自分を切り離してしまうだけ。

それではアドラーがめざす理想「共同体感覚」には届きません。

孤立するだけです。

社会的な存在である人間にとって、孤立は向かうべき場所ではありません。

そのようなことをアドラーが説くわけがないのです。

ただ、ドラマの打ち切りだけはやめてほしい

補足
Alexas_Fotos / Pixabay

今回の抗議について「概ね同意」としたのは、結論が少しだけ違うからです。

私はドラマをこのまま打ち切りにしてほしくありません。

このまま終わってしまえば、アドラー心理学が歪んだ形で世間に伝わってしまいます。

それだけは避けてもらいたい…。

きっとドラマをきっかけに「アドラー心理学」「嫌われる勇気」を知る方も多いでしょう。
(視聴率が低いから影響は小さいという意見もありますが…)

アドラー心理学が少しで広まるきっかけを作ってくれたことには感謝しています。

しかし、アドラー心理学を「ただ嫌われる人」の心理学であるかのように表現されることには、残念に思います。

ドラマを続けていれば、今後の展開で説明が足りていない内容を補うこともできるでしょう。

ドラマ制作の方々には、ぜひ頑張ってもらいたいと切に願っております。


『嫌われる勇気』
著者:岸見 一郎、古賀 史健

アドラー心理学そのものは、非常に有益な学びに溢れています。

もし、ドラマがきったけだったとしても、気になった方は本を読んでみてください。

以下の2つの記事でもアドラーには触れています。

天職と出会うためにアドラー心理学を活かせた人の話

仕事論としても秀逸な良書『コンセプトのつくりかた』

くしゃみをする度に腰が痛んでお困りの方へ

腰痛

「くしゃみが出ると腰が痛いのですが、何とかならないでしょうか?」というなんとも切実な調べもの依頼をいただきました。

私は医者ではないので、まずは何よりも「病院に行くこと」をお勧めしました。

その上で、「とりあえずできること」を探してみました。

アテにできそうなサイトが少ない?

調べてみて驚いたのですが、依頼者と同じように「くしゃみをすると腰が痛い…」とお困りの方が非常に多いのです。

それに対して何らかの根拠(エビデンス)も示しながら、解決策を提示しているサイトが見つけられませんでした。

そこで、専門家が書いておられていて、参考になりそうなものをいくつかピックアップしてみました。

簡単な解決策は「物に掴まる」

いくつかある方法の中で、最も簡単な方法はこちらです。

くしゃみをする瞬間、物にしっかり掴まりましょう。

引用元:こころ接骨院

このことを知っているだけで楽になるのだとしたら、とても重要な知識ではないでしょうか。

依頼者がこのことを知らなければ、たったこれだけでも調べた甲斐があります。

床に膝をつく・壁に体をつけるのも有効

他にも以下のような対策も見つけました。

①前傾姿勢になると痛いなら、最初から少し反った姿勢になる。
これは大幅に反る必要はありませんが、気持ち反った感じでいいです。

②膝を床についてくしゃみをする

③壁に体をつけてする

引用元:滝沢中央整骨院・整体院

とにかく、くしゃみの勢いを腰だけで受けないようにするのが重要なようです。

壁に体をつけるのも衝撃が腰に直接行かなくなりそうで、良さそうです。

しかし、くしゃみの前兆を感じてから壁に向かっても、間に合うかどうかが少し心配ではあります。

たまたま、壁付近にいるときはすぐに使えますね。

床も壁も使えないときはお腹に力を入れる

腹
Madeinitaly / Pixaba

それでは、会社や外出先などで、床も壁も使えないときはどうすればいいのでしょうか。

引き続き調べ続けていくと、こちらの院長さんがそのためのコツを書いてくれていました。

「お腹に力を入れる」が基本です。

引用元:埼玉のわらびカイロプラクティックセンター

ただ、これだけでは伝わらないこともあるようで、より詳しい手順も教えてくれています。

背中を丸めて両手でわき腹をしっかり押さえる
背中を丸めて両脇でしっかり肋骨を押さえる
背中を丸めて壁や柱をしっかり持つ

引用元:埼玉のわらびカイロプラクティックセンター

お腹への力の入れ方がわかれば、上2つの方法でくしゃみをしのぐことができそうです。

そして、やはりここでも登場するのが壁や柱に掴まる方法です。

何かに掴まる方法の効果を検証した論文が存在する

気になって調べてみると、論文サイトで以下のものを見つけました。

くしゃみ時における腰部負担の分析

くしゃみで腰に衝撃が伝わることを「腰部負担」と言うのですね。

腰痛を研究者がまじめに言葉にすると、ずいぶんと雰囲気が変わります。

タイトルは硬く見えますが、この論文は要するに「くしゃみをするときは何かに掴まるといいと言われているけど、本当かどうかを調べてみた」というものです。

「たかだかくしゃみで腰が痛いくらいで、大げさな…」と思う方もおられるかもしれませんが、そこをきっちり検証するのが研究者。

ですから、この研究には5名もの専門家がかかわっておられます。

そして、当然ながら設備も本格的。

 

  • 赤外線反射マーカー 32個
  • 床反力計 4枚
  • 赤外線カメラ12台を用いた三次元動作解析装置
  • 筋活動を計測する表面筋電図計

 

合計で、いったいいくらになるのでしょうか。

これらの計測器を使って、くしゃみをしたときの筋肉の収縮や腰(椎間板)などへの影響を計測するのです。

そして、最後にくしゃみの実験には欠かせないアイテムも忘れません。

くしゃみの誘発にはティッシュ ペーパーで作成した“こより”を使用

引用元:くしゃみ時における腰部負担の分析

ここだけは、ずいぶん身近なアイテムです(笑)。

ここまで書かなくても…と思うのですが、他の方々が再現実験をできるようにきっちりと書いておくのが研究者なのです。

最も大事なのは、この実験の結果です。

くしゃみをする時には前方の机に両手をついた姿勢で行うと腰への負担が軽減できると考えられた

確かに効果があるのです。

とはいえ、すべての仕組みが解明されたわけではありませんから、今後の研究次第では検証内容が変わることもあるでしょう。

しかし、現時点では一つの根拠として、主張できる数値があることは非常に有意義です。

これらは早速、依頼者にお伝えする必要がありますね。

今回は喜んでもらえそうな調べものになって、本当によかったです。

仕事論としても秀逸な良書『コンセプトのつくりかた』

concept

コンセプトの重要性を語る人はあちこちにいます。

特に、ビジネスにおいては、いつしか必須であるかのようになりました。

しかし、なぜかずっと意味がよくわからない言葉です。

そのせいか、コンセプトを考え出すと「売るための!」「ターゲットに響かせる!」といった浅いとらえ方に囚われてしまう傾向にあります。

ですが、読後にとても優しい気持ちになれる本が「コンセプトのつくりかた」を教えてくれました。


『コンセプトのつくりかた』
著者:玉樹 真一郎

本書で紹介される手法そのものは、付箋にネタを書き込み、広げていくもの。

これ自体に目新しさはあまり感じません。

しかし、ノウハウよりも重要なのが、背景にある考え方・思いです。

とても優しいものを感じる一冊なのです。

Wiiのコンセプトメイクを追体験しながら学べる本

著者の玉樹氏は、任天堂でWiiの企画担当者だった方です。

本の構成を大きく分けると、前半と後半に分かれます。

前半は、玉樹氏のコンセプトに関する考え方について。

後半は、コンセプトを実際に作った事例をWiiをテーマに、小説仕立てで紹介してくれます。

ゲームの概念を大きく変えたWiiがどのようにして生まれたのかを追体験できるのです。

そもそも「コンセプト」とは何なのか?

コンセプトに関する最初は「コンセプトとはどういうものなのか?」について書かれています。

ある意味、最も大事なところです。

まず、最初にコンセプトは

ものづくりの中に存在している

引用元:『コンセプトのつくりかた』 P.22

ものだと教えてくれます。

そう、ものづくりの一部なのです。

ここでいう「もの」は形あるものに限りません。

サービスやイベントなどの無形のものも含みます。

コンセプトの目的は「世界を良くする」こと

世界
qimono / Pixabay

そして、次に「つくりたいもの」の目的を明らかにしてくれます。

これが最も大事なところかもしれません。

「コンセプトは、世界を良くする方法」

引用元:『コンセプトのつくりかた』 P.27

「世界を良くするため」とても分かりやすくて、心に残る表現です。

こうして言葉にしてしまえば、当たり前なことかもしれません。

しかし、これほど集約された表現は類を見ないように思います。

似たような表現として「お客様第一」「顧客満足」「従業員満足」などは、今までにもたくさん目にしてきました。

「世界平和」「人類の恒久平和」などでは、自分とはまったく無関係に感じてしまいがちです。

「顧客第一」みたいなものでは、もはや「そんなの当たり前じゃないか」「よくもまぁきれいごとを…」と思えてしまい、これも力ある表現とはいえないでしょう。

私は販売促進やマーケティングには私も強い関心を持っているので、たくさんの本を読んできました。

コンセプトの定義についての様々な表現に出会ってきましたが、これほど響く表現はなかったように思います。

「良し悪し」を決めるもの

では、何をもって「良い、悪い」を判断するのでしょうか?

世界には絶対的な「良し悪し」は存在しません。

そこで、一つの解を玉樹氏は提示してくれています。

個々人の「純然たる欲求」です。

コンセプトが向かうビジョンは

その欲求が心に忠実でさえあればあるほど歓迎すべきです。他の細かいことは放っておいても構いません。

引用元:『コンセプトのつくりかた』 P.66

と、玉樹氏は言います。

ここから先はあくまで、私の勝手なまとめですが「やりたい、なんとかしたい」などは、すべて「良い」ということではないでしょうか。

その前提としておそらく、玉樹氏は「人間」という存在を信じておられるのだと思います。

このあたりは、アドラー心理学でいう「他者信頼」を実践されている現れかもしれません。

この「人間への信頼」に基づいた「コンセプトのつくりかた」は、終始一貫して優しさに満ちています。

それがこの本の読後感の心地よさに繋がるのです。

玉樹氏のコンセプト観

95ページには玉樹氏が考えるコンセプトをぎゅっと凝縮して、言葉にしてあります。

コンセプトは、ものづくりによって世界を良くする方法であり、
あなたがしあわせに生きられる方法。

数字を除く母国語の文字20字程度の言葉で表される。
素直な想いである「ビジョン」と
コンセプト実現のための手段「アイテム」からなり、
未知の良さを形にするために
「何を用いて、何をしたいか」をまとめたものである。

引用元:『コンセプトのつくりかた』 P.95

このコンセプトに至るプロセスについては、ぜひ本を読んでみてください。

あなたが「自分だけのコンセプト」を作るためにきっと役に立ちます。

コンセプトは、自分の存在価値をくれるかもしれない

では、コンセプトがあると、何が良いのでしょうか?

文中では様々な効果が紹介されていますが、その中で最も印象に残ったのがこの一文です。

世界を良くようとさえしていれば、「世界」と「あなた」が切り離されることはありません。

引用元:『コンセプトのつくりかた』 P.94

そう、世界と繋がれるのです。

これは「自分は社会に必要とされていない」「自分に存在価値がない…」と思い悩んでいる方々にとっては死活問題です。

これこそ、アドラーが言う「共同体感覚」への入り口にも繋がる思想ではないでしょうか。

コンセプトから仕事論にも通じる良書

この本は「コンセプトを作るにはこうすればいい」といった、ただのノウハウ本ではありません。

「自分を幸せにしながら、他者も幸せにするならどう考えればいいのか?」を教えてくれる本です。

仕事を真剣に考えれば考えるほど、不思議なほど「何のために生きるのか?」という問いと近づいてきます。

しかし、有史以来様々な哲学者が向き合い続けてきた問い対して、あっさりと答えを出せるわけがありません。

そこで、「世界を良くするため」という言葉の出番です。

しかも、ここで言う「良い」は世間的な良し悪しの判断基準ではありません。

自分が思う「世界がこうなったらいいのにな」を少しずつ形にしていくものです。

それが他者と繋がるとき、自分だけのコンセプト、自分だけの仕事が見えてくるのではないでしょうか。

 

この一冊、本当に良書です。

ぜひ、読んでみてください。

『コンセプトのつくりかた』
著者:玉樹 真一郎

正義を振りかざしてはいるが、ヒマ人ではないかもしれない

sjw

「正義のヒマ人は、どんな人なのか?」という話をつい先日、友人と繰り広げていました。

「正義のヒマ人」とは、ネット上で炎上に参加する方々のことを指しているのだとか。

英語で、Social Justice Warrior(ソーシャル・ジャスティス・ウォリアー 略称:SJW)という俗語までできています。

少し調べてみて驚いたのですが、ネット上の炎上について真剣に研究している方々がおられるのです!

今回はそれらの文献から見えてきたことをご紹介します。

そもそも「ヒマ人」ではないかもしれない

最も驚いたのが、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター助教の山口真一氏の論文です。

実証分析による炎上の実態と炎上加担者属性の検証

約20,000人のアンケート調査データから導かれてきた「炎上加担者」の人物像に驚きました。

  • 年収が多く
  • ラジオをよく利用する
  • ソーシャルメディアをよく利用する
  • 掲示板に書き込む
  • インターネット上でい やな思いをしたことがある
  • 非難しあっても良いと考 えている
  • 若い子持ちの男性

年収が多いということは、それだけ働いているわけです。当然ながらヒマを持て余すということはないでしょう。

「正義のヒマ人」と言われていますが、「ただヒマだから他者を叩く」というわけではないのかもしれません。

ヒマなわけではないことについて、山口氏はもう一つの分析結果も示してくれています。

インターネット全体の利用時間は炎上加担行動に有意な影響を与えていない。

引用元:実証分析による炎上の実態と炎上加担者属性の検証

炎上加担者と無関係な人のインターネットの利用時間を比べても、その違いに傾向はなかったというのです。

「ヒマだからネットに入り浸っている人」が炎上加担者というわけでもないのです。

学歴も関係ない

また、よく聞く論調としての「低能だから騒いでいる」という点においても、山口氏は違った主張をされています。

関係がないとされる条件

  • 学歴
  • 結婚の有無
  • 一人暮らしか否か
  • 都市圏に住んでいるかどうか

これらは炎上に加担する人の特徴として共通するものではないという分析です。

山口氏ははっきりとこう書かれています。

炎上加担行動に、学力水準は影響を与えていない。

引用元:実証分析による炎上の実態と炎上加担者属性の検証

ではなぜ炎上に加担するのか?

炎上の原因について、別の二人の研究者による論文を見つけました。

慶應義塾大学政策・メディア研究科 特任准教授の田代光輝氏と、
関東学院大学人間共生学部 コミュニケーション学科の准教授である折田明子氏です。

お二人の研究によると、

田代や伊地知は、炎上の原因に「反社会的な行為」「知ったかぶり」「特定ターゲットへの悪口・軽蔑」「提灯記事」「利益誘導」をあげている。

引用元:ネット炎上の発生過程と収束過程に関する一考察 ~不具合に対する嫌がらせと決着による収束~

という引用箇所があります。

続けて、ネット上は

自分にとって心地よい情報だけを見ることができる

場所であると書いておられます。

いつもならネット上で、自分に趣味趣向にあった「心地よい情報だけ」を見ることができます。

しかし、そこで「自分とは違う価値観の存在」を文字や映像などで突きつけられることで、

懲らしめたい・直したいという衝動が起こる。

引用元:ネット炎上の発生過程と収束過程に関する一考察 ~不具合に対する嫌がらせと決着による収束~

とされています。

本来、他者と自分は違って当たり前です。

その違いを許容できないのはなぜなのでしょうか…。

この点に関する考察はまだ見つけられていません。

素人考えでは「自己評価の低さ」が原因?

私の素人考えとしては「自己評価の低さ」だと考えています。

自己評価が低いからこそ、自分と違った人を見ると否定せざるをえないのではないでしょうか。

自分に自信があれば「あいつはこう言ってる。ま、それもいいよね。私は違うけどね」で済むはずです。

執拗に攻撃をしてしまうのは、自分の存在を脅かされたと感じるからではないでしょうか。

本人は全力で否定するのでしょうが…。

炎上加担者は1.5%しか存在しない

最後に、ネット上で炎上に加担したことがある人の割合です。

私はこの数字にも驚かされました。

sjw-data

炎上に加担したことのある、「 1 度書き込んだことがある」「 2 度以上書き込んだことがある」人は、わずか 303 人(約 1.5% )であった(図 3 )。

引用元:実証分析による炎上の実態と炎上加担者属性の検証

「炎上に参加しているのはネットにつながる人の1.5%だけ」しかいないのです。

98.5%はあくまで傍観者。

1 炎上事件を聞いたことがない

2 ニュースなどで聞いたが、実際の書き込みを見たことはない

3 実際の書き込みを一度だけ見たことがある(まとめサイト含む)

4 実際の書き込みを何度か見たことがある(まとめサイト含む)

炎上を知らないか、ただ見ているだけ人たちなのです。

仮に、この確率をインターネット人口にそのままあてはめてみましょう。

●インターネット利用者数、人口普及率の双方が増加
2015年末のインターネット利用者数は、2014年末より28万人増加して1億46万人(前年比0.3%増)

引用元:平成28年版 情報通信白書のポイント

日本国内だけで、約1億人がインターネット利用者です。

その1.5%が炎上加担者ですから、その数150万人。

京都市や神戸市、福岡市の人口がおおよそ150万人です。

これを少ないと見るか否かは、あなたはどう感じますか?

アンケートはあくまで回答者の自己申告

当然ながら、山口氏が分析したデータは「アンケート調査」ですから、あくまで回答者の自己申告です。

炎上に加担したことを隠して回答した人もいたかもしれません。

また、無意識に炎上に加担してしまっていることも十分ありえるでしょう。

これらの数値は反映されていません。

このあたりは、山口氏も当然理解されています。

しかし、その上でもなお、この研究論文は非常に有意義なものではないでしょうか。