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脳波をα波にすることは本当に効果があるのか?

PeteLinforth / Pixabay

「脳波をα波にする商品がいろいろあるけど、あれって本当に効くの?」という調べもの依頼をいただきました。

たしかに、単に検索するだけでも「α波を出してリラックス!」みたいな商品やサービスはたくさん出てきます。

  • 勉強法
  • ストレス解消
  • 運動で高いパフォーマンスを出す
  • 安眠
  • 能力開発

などに効果があるのだとか。ずいぶんと万能です。果たして、本当に効果を期待できるのでしょうか?

脳波の計測は、医療分野でも実績がある

そもそも、脳波とはいったい何なのでしょうか。

大脳の神経細胞(群)の電気活動を体外に導出し、記録したもの。

引用元:岡山大学病院 検査部

脳内の細胞の働きが電気信号を有するので、それを頭皮につけた電極で計測したものなのです。ただ、髪の毛だけでなく頭蓋骨や肌などを通して計測するので、様々なノイズが混じるようです。

しかし、それでもなお医療分野で診断に使われているくらい、真剣に研究されている分野です。応用できる分野も増えてきています。

脳波検査は、てんかんの診断・病型判定、けいれんや意識障害の評価、器質性脳障害や睡眠異常の診断等に用いられます。

引用元:日本赤十字社 姫路赤十字病院

脳波の一つが「アルファ波」

脳波にはその周波数によって、分類をされています。その一つが今回のテーマとなっている「アルファ波」です。

脳波は周波数によって、α波、β波、θ波、δ波に分類されます。

引用元:日本赤十字社 姫路赤十字病院

それぞれに特徴があるので分類され、一定の意味を持たせて、観測されているのです。中には、α波とβ波をさらに細分化し、「スロー・ミッド・ファスト」の3つに分類している研究もあります。

一般的に、それぞれの脳波が観測されやすいのは以下のような状態とされています。

δ波(デルタ波),1~4Hz,睡眠時
θ波(シータ波),4~8Hz,睡眠時・注意時
α波(アルファ波),8~12Hz,リラックス・閉眼時
β波(ベータ波),15~20Hz,集中・運動時
γ波(ガンマ波),30~Hz,記憶・視覚処理時

引用元:簡易脳波計による記憶作業における脳波状況フィードバック学習システムの試作

α波がリラックス時に観測されること多いことから、「α波は体に良いのだ」とするのが冒頭で調べた商品やサービス記事の主張です。

「α波はリラックス」だと言い切る論文が見つけられない

しかし、これが研究者が書いている論文になると、表現が少し変わります。

α波はリラックス時,特に閉眼時に現れやすいとされており,β波は複雑な思考をしている時や緊張時に現れやすいとされる。

引用元:脳波計測実験のための簡易で安価な環境構築

という表現になるのです。あまり違いがないように見えますが、明らかに違うのは断言していない点です。

他の論文を読んでみても、「一般的にα波が優勢な状態は、リラックスしていると言われている」という類の表現が多いのです。

結局、私の調べ方では「α波はリラックスしている証拠だ」と言い切っている論文は見つけられませんでした。

むしろ、α波だけによる判断を否定する文献がある

むしろ、最近の論文になると、今までとは違った解釈をしているものが見つかります。

脳波は個人差によって大きく同一人物でも時間帯・状況によって脳波と思考状態の関係は変化し、巷で言われているようなα波が見られればリラックスしているというものではない。

引用元:簡易脳波計による記憶作業における脳波状況フィードバック学習システムの試作

記事レベルでも以下のような記載が出てきます。

先行研究でアルファ波帯域が大きいと集中しているなどの定義がなされているが、これは、個人によってまったく異なっていることも明らかになっている

引用元:慶応大、好き嫌いや眠気などを簡単に測定できる簡易脳波計測器を開発

他にも、医療関係者を対象に、脳波を計測するような医療機器の使い方の研修をしている株式会社 メディカルシステム研修所のサイトにも以下のような記載があります。

α波は単に大脳皮質があまり働いていない状態に対応するものであって、出れば脳がどうかなるとか、体にいいということではない。

脳波の誤解? Q&A Q2;α波は出れば出るほど体にいいか?

こうなると、もはや「α波が出ているから良い状態」とは言えないのではないでしょうか。

現時点の私の結論「α波だけで判断できない」

いろいろ調べてみた結果、現時点の私の結論としては、

「α波は安静時に観測されやすいが、それ以外の時にも観測される。α波が出ていれば、脳に良い状態というわけではない」

というものです。

ネットで調べる以外に脳科学関連の書物も読んでみたのですが、脳については「わかってきたこともいろいろあるけど、わかってないことがものすごく多い」ということがわかっただけでした。

このような状況で、確かな根拠もなく「○○が脳に良い」と主張する商品やサービスは、疑いの目を向けざるをえません。

「疑似脳科学」に振り回されないために見ておくべき動画

脳科学と呼ばれる分野には、まだまだ怪しげなものが非常に多いのが現状です。そのことを問題視している研究者もおられます。

「なんちゃって脳科学」の実態を知りたい方は、下記の動画も合わせてご覧ください。

【脳科学】【精神医学】「でたらめ脳科学に気をつけろ」 モリー・クロケット ted 日本語字幕

 

こちらは『脳ブームの迷信』の著者である大阪大学大学院 生命機能研究科の藤田一郎教授の動画です。

脳の迷信 ~脳科学研究現場から見たブームの落とし穴~

 

今回の依頼者には

「効果があるという確かな根拠は見つけられませんでした。むしろ、脳のことはまだまだわかってないことがわかっただけです。」

と率直に調べた内容をお伝えしたところ、

「あ、やっぱり? 怪しいと思ってたんですよね~」

と軽い反応でした。やはり、怪しいと思うのが当然なのでしょうね。

 

天職と出会うためにアドラー心理学を活かせた人の話

tensyoku

今やすっかり有名になったアドラー心理学。2013年に『嫌われる勇気』が発売されて以来、一躍有名になりました。その反響はとても大きく、舞台化やドラマ化までされるほどです。

ただ、個人的には「ブームが早く静まらないかな」と思っています。

このアドラー心理学「実践が難しい心理学」と言われています。

アドラー心理学を理解し、実践できるようになるには「それまで生きてきた年数の半分の時間がかかる」とさえいわれているほどです。

引用元:『嫌われる勇気-自己啓発の源流「アドラー」の教え』

一過性のブームで、アドラーのメッセージを曲解した人が「ただ嫌われる人」にならないことを願うばかりです。

アドラー心理学の貴重な実践者を見つけた

実践が難しいアドラー心理学ですが、偶然読んだ本でその実践者を見つけました。

発達障害の「生き方」研究所というブログの運営者の岩本友規氏です。

彼の著書『発達障害の自分の育て方』を読んで、「まさにアドラー心理学の実践者だ」と驚きました。

岩本氏は、ご自身が発達障害(ADHD、アスペルガー症候群)で薬を飲みながらも、社会で活躍されています。この本は、彼が自分とどのように向き合い、活かし方を築いてきたのかを書いてくれている良書です。

以下が本の目次です。

【目次】

1章 大人の発達障害克服体験記

2章 あなたはこれからどう生きる?大人の発達障害の現実と未来

3章 大人の発達障害克服マニュアル

Part1 脳疲労をとって、改善の意欲をとり戻す
Part2 自立してストレスに負けない心身をつくる
Part3 天職を探す

『発達障害の自分の育て方』主婦の友社

天職探しをする前に必要なのは「自立」

私が注目したのが3章のPart2~3です。天職探しをする前にやるべきことがあると書いておられます。

それが「自立」

しかし、ここでいう「自立」は辞書的な意味ではありません。

じ‐りつ【自立】

他への従属から離れて独り立ちすること。他からの支配や助力を受けずに、存在すること。

引用元:デジタル大辞泉

上記のような「自立」に至る前に、まず心理的な自立を築く段階があるのだと、岩本氏は書かれています。

やはり本当の自分の生き方をするためには、まず自己本位で生きる

引用元:『発達障害の自分の育て方』 P.118

「自己本位に生きろ」というと、「自分勝手に生きろというのか?」とお怒りになる方もおられるかもしれません。

しかし、人間は本来自分勝手な存在です。その怒りも、自分で勝手に抱いた感情であることもその一つの証ともいえるでしょう。

自己本位な生き方が結果的に天職へと繋がる

自己本位になることで、自分に許可できるようになるのが「他者の目を気にせず、感情のおもむくままにやりたいことをやってみる」というもの。

初めは「どんな評判をささやかれるのだろうか…」と怖さを感じることでしょう。しかし、結果的に、大半の人からは全く関心も注目もされないものです。

それどころか、一部の方々からは強い共感を示してもらえるかもしれません。もっとごく一部の方からは「助かった」と感謝されるかもしれません。

その時、自己本位な生き方は、結果的に「他者貢献」になるのです。そう、アドラー心理学における「幸せ」を形作るうえで、要となる「他者貢献」です。

貢献感を持てて、なおかつ自分がやり続けたくなる仕事こそ、天職ではないでしょうか。

『嫌われる勇気』の続編『幸せになる勇気』で岸見氏はこのように書いておられます。

利己心を追求した先に、「他者貢献」があるのです。

引用元:『幸せになる勇気』 P.119

この一文で岸見氏が伝えたいことは岩本氏と同じだと、私は理解しています。

必要とする人が見つけてくれる

私の友人に研究者をめざして、日夜研究に励んでいる人がいます。しかし、彼の研究分野は「すぐに誰かの役に立つ」といったものではありません。

非常にマイナーな分野なので、日頃は注目されることもありません。加えて、同業の研究者の数も非常に少ないそうです。

その世界で生きていく上で、恩師が教えてくれた大事なことが下記の言葉。

「私たちの研究はすぐに人の役に立つことはない。しかし、研究を続けていれば、世界中の誰かが私たちの研究を見つけてくれる。

だから、発信していきなさい。論文を書きなさい。必要としてくれる人が必ず見つけてくれるから」

これは研究者だけでなく、全ての人に通じるメッセージではないでしょうか。

やれる範囲でいいからやりたいことをやる

人から理解されなくても、自分がやってみたいことがあれば、やれる範囲でいいのでぜひ試してみてください。それを必要とする人が世界にはきっといますから。

その時こそが、天職に近づく時となるでしょう。

病気でなければ「健康」だと思っていたら大間違い

White77 / Pixabay

健康とは、すべてが満たされた状態

偶然のご縁をいただき、医療に関わる仕事に携わる機会がありました。

私自身は、今まで自分の体のことで困ったことがなく、正直なところ健康について真剣に考えたことがありませんでした。

仕事で関わってようやく真剣に考え始めたのですが、その過程で初めて知ったのが「健康」の定義です。

私は当初、ただ単純に「健康」とは「病気でないこと」だと思っていました。しかし、国連の専門機関である世界保健機関(WHO)では、はるかに広い意味での定義をしているのです。

「病気でないこと=健康」ではない

世界保健機関憲章前文 (日本WHO協会仮訳)

健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが 満たされた状態にあることをいいます。

病気でないだけでは、健康とはいえないのです。このWHOの定義は医療関係者の間では一般常識だとのこと。

しかし、私のような素人にとっては衝撃的な内容でした。では、どうすれば健康になれるのでしょうか?

健康を築く3つの要因

WHOの定義に基づいて考えると、大きく3つの要因が示されています。

  • 肉体的
  • 精神的
  • 社会的

肉体的なことはわかりやすい

肉体的な健康とは、文字通り「体が健やかで元気に動くこと」でしょう。単純に理解すると「病気ではい、弱っていない」といった面を説明しているように理解できます。これは比較的想像がしやすい分野です。

この肉体的な健康については、自分で少しは何とかできそうです。ただ、思いもよらない怪我や病気は避けられません。あくまで、「多少は自分の力でどうにかなる」というレベルでしょう。

翻って残りの2つは、一気に抽象度が上がり、区分けがわからなくなり、自分ではどう扱っていけばいいのかも難しくなってきます。

あまりに広義過ぎる社会的な健康

ざっと調べてみたところ、社会的な健康についてはWHO自身が1998年に「健康の社会的決定要因」として整理してくれていました。

健康を達成するための前提条件

1. 平和
2. 住居
3. 教育
4. 食糧
5. 収入
6. 安定した環境
7. 持続可能な資源
8. 社会的公正と公平

引用元:wikipedia

個人がどうにかできるのは一部だけ

これらを前提条件とするならば、個人の力は非常に心もとなくなります。個々人が対応できそうなのは、自作できるレベルの「住居」や、農業による「食料」くらいかもしれません。

「収入」も多少は自力で影響を及ぼせるでしょうが、経済情勢との兼ね合いもあるので、個人の努力ではどうしようもない力の影響も非常に大きいと考えます。

自身の健康において、3分の1を占める社会的なものの中には、自分ではどうしようもないものが存在するのですね。

精神的に「スピリチュアル」を含むかどうかの議論がある

残った精神的な健康については、私のような素人が思いつくレベルでは「精神的な病にかかっていないかどうか」や「信仰・宗教の力」といったものくらいしか思いつきません。

この精神的な健康について、「スピリチュアル」という概念を入れるかどうかについては、議論されている最中のようです。

長崎大学学術研究成果リポジトリ

健康についての医療人類学的一考察 - WHO の健康定義から現代日本の健康ブームまで-

健康はもはや「幸福」と同義

それにしても、「健康」の定義をここまで広げると、もはや「幸福」と同義になってきます。「健康」を定義しようとした方々の取り組みは、全人類にとっての「幸福」を定義する試みともいえるでしょう。

こうなると、医療分野だけでなく、社会学、心理学、哲学なども大きく関わってくる領域になってきます。今まで、自分とは縁がないと思っていた医療分野にも、私の知りたいことがまだまだたくさん眠っていそうです。

最も死傷率が高い職業は、工事現場ではなく林業

MemoryCatcher / Pixabay

林業の突出した死傷率の高さ

今回のテーマとなっている林業ですが、実は他の仕事に比べて、死傷率が高いことは意外と知られていません。かくいう、私も先日知人から教えてもらうまで知りませんでした。

実際に調べてみて、あまりの過酷さにただただ驚いていました。

2. 林業労働災害の発生率
足場の悪い山の中で伐採木等重量物を取り扱う林業の労働災害の発生率は、災害の発生度合を表す「千人率」で他産業と比べると、全産業の中で最も高くなっています。

引用元:http://www.rinya.maff.go.jp/j/routai/anzen/iti.html

林野庁も問題をはっきりと認識しています。

労働災害の発生率

実際、平成25年の数値を見ると、全産業平均が2.3なのに対し、最も労働災害発生率の高い林業は28.7。

実に、約12倍です。

その次が鉱業で12.0、三位には木材製造業の11.4と続いています。

林業と木材製造業の危険さがよくわかる統計データです。林野庁としては、隠しておきたい数値のはず。しかし、もはや隠しようがないほどの状況なのでしょう。

林業・木材製造業だけ1ケタ違う

林業・木材製造業労働災害防止協会でも類似の統計資料が公開されています。

産業別死傷年千人率(休業4日以上)

引用元:林業・木材製造業労働災害防止協会

林業と製造業(木材・木製品)だけ、桁が一つ多いのです。

上記2つの統計で扱われている「年千人率」とは、1年間の労働者1,000人当たりにつき、発生した死傷者数の割合を示しています。

ということは、林業従事者1,000人が1年間働けば、毎年30人前後は「休業が4日以上」必要となる負傷をするか、死に見舞われてしまうという数値なのです。

私にできることはないだろうか…

私は別に林業・木材製造業を批判したいわけではありません。日本の山を守るためには、誰かがしなければならない重要な仕事だと理解しているつもりです。

応援したい気持ちは山々ですが、今の私にはできることが思いつきません…。もし、「林業・木材製造業の現場を取材してもいいよ」という奇特な方がおられたら、ご連絡ください。

現場にしかわからない良さを紹介できれば、嬉しいです。

林業従事者を募集する地方自治体

最近では、広島県が林業に従事してくれる人材を募集し始めました。

http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1483525848074/index.html

半林半Xにチャレンジする移住者募集!

林業の研修・実践を行いながら、林業以外のしごとづくりに取り組み、将来、半林半Xというライフスタイルを目指す移住者を募集します。

政府が進める地方創生の動きの一環でしょう。類似する人材募集はあちこちで見られます。

今回の募集も他と同じように、

未経験の人のために研修が用意されています。また、移住者が現地に溶け込めるよう支援することも、当然のように書かれています。

募集ページでは、金銭面にも触れられています。

・ 月額17万5,000円の給付(収入の状況により減額となる場合があります。)
・ 移住する際に必要な引越費用の助成 (経費の1/2・上限10万円)

引用元:http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1483525848074/index.html

これを安いと見るか、高いと見るかは、人それぞれかもしれませんが…。

良い面だけを見せる求人はミスマッチを生むだけ

ただ、募集ページに載っているようなハイキングやパラグライダーを楽しみ続けられるかのような打ち出し方は、ミスマッチを生むだけに思えてなりません。

最も、昨今では検索すれば、とりあえずの情報はあっさり手に入ります。下記のような現場を知る人が情報を発信してくれていることも多々あります。

事故率12倍! 新規参入に立ちふさがる「危険な林業」

引用元:http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakaatsuo/20160129-00053917/

ですから、ただ単に「田舎暮らし」に憧れる人が気楽に申し込むことはないでしょうが、本当に合った人が林業・木材製造業に就かれることを心から願っています。

それにしても、林業・木材製造業の過酷さ、ロボットが代わりにやってくれるようにならないものでしょうか…。

性格の50%は遺伝で決まる。だからこそ、自分の特徴は掴んでおこう

geralt / Pixabay

私が「それぞれの人が自分を活かすにはどうすればいいのか?」を研究する中で、パーソナリティー心理学も学んでいます。

性格形成に教育の影響はほとんど見られない

その中で、非常に驚いたのが「性格と遺伝」に関する研究結果です。

『パーソナリティを科学する―特性5因子であなたがわかる』

作者はイギリスの大学で、生物心理学部に所属する研究者。この本によると、人の性格が形成される際、親の教育や家庭の影響はほとんど見られないというのです。

同様のことは、日本の研究者からも報告されています。

行動遺伝学、教育心理学を専門とする慶應義塾大学文学部教授の安藤寿康(あんどう じゅこう)氏。

『心はどのように遺伝するか』
『遺伝子の不都合な真実―すべての能力は遺伝である』

などの著作が有名です。

安藤氏に関する記事にも以下のような記述があります。

Q7.性格は遺伝で決まるって本当ですか?

≪中略≫こうした遺伝子の違いがどのくらい一人ひとりの性格の違いを説明するかをふたごのデータから算出すると,だいたい50%前後になります。これは残り50%が環境によることを意味します。しかし親の影響や家庭の影響(これを共有環境といいます)は先にも述べたようにほとんどみられません。

引用元:心理学ふしぎふしぎ - 公益社団法人日本心理学会

親が必死で「主体的な性格の人間になるように育てよう!」と息巻いたところで、子供の性格にはあまり影響を与えられないのです。

遺伝子が目覚める

しかし、遺伝子だけで全てが決まるわけでもありません。何らかの遺伝子を有していたとしても、その遺伝子が働かなければ、何の影響も及ぼしません。

持って生まれた遺伝子が後天的な何らかの影響を受けて、その働きを変えていくことを「エピジェネティクス」と言います。

エピジェネティクスは「DNA 配列の変化を伴わず、後天的な修飾により遺伝子発現が制御され維持される仕組み」を表す

引用元:http://www.takara-bio.co.jp/epi/pdfs/epi_0a.pdf

「遺伝子があるから」といって、何もできないわけでもないのです。

遺伝から受ける影響の一部を知る方法

それでも、遺伝の影響を受けることは確か。ならば、今の自分がどのような影響下にあるのかを知るのは有益です。

そのためのひとつの材料がパーソナリティー心理学で、ビッグファイブ・特性5因子モデルと言われる研究です。

冒頭で紹介した本もこの分野の研究に関するもの。このテストに関する専門書も読み始めれば、非常に興味深いものばかりです。

しかし、最初は先達が残してくれている研究を活用させてもらうのがいいでしょう。

本格的なBigFive診断テスト

富山大学の村上宣寛氏が非常に詳しい診断テストを作ってくれています。

外向性、協調性、良識性、情緒安定性、知的好奇心という基本的な性格の次元を測定

主要5因子性格検査(BigFive,デモ版)

10の質問に答えるだけの簡略化バージョン

また、10個の質問だけに簡略化したものを早稲田大学の小塩真司氏が公開してくれています。

小塩氏のサイト
日本語版Ten Item Personality Inventory(TIPI-J)
<回答フォーム>のTIPI-J(日本語版TIPI pdf)をクリック

J-STAGE
日本語版Ten Item Personality Inventory(TIPI-J)作成の試み

これらの診断テストを使って、自分が生まれ持った特性の一部を理解しておくことは、自分を活かす上でも有力な情報となりますよ。

「教育をしない教育」で世界に通用する星野リゾート

geralt / Pixabay

「教育を施すことは絶対に正しいことだ」という主張に対して、反論できる人はいるでしょうか? 会社や学校でこのようなことを言い出せば、爪はじきにされかねない危険な考え方かもしれません。

しかし、「教育しないこと」を大切にしている企業が存在しているのも事実です。一つは前の記事で紹介したネッツトヨタ南国。

他にも、昨今飛ぶ鳥を落とす勢いで成長する星のリゾートも非常に近いものを持っておられます。

そのエッセンスが語られている記事がありました。

教育をしないと公言できる会社

「社員教育はしません。でも世界で通用します」――星野リゾート、自立したチームをつくる「超オープン戦略」

引用元:星野リゾート

国内外で数々のリゾート開発、旅館経営を成功させている星野氏。その彼が「社員教育はしません」と言い切ってしまっているのです。それでも、世界に通用するのだと…。

星野リゾートでは基本的に社員教育をしていません。

引用元:http://gendai.ismedia.jp/articles/-/45973

「教えない」星野リゾートの教育

とはいえ、全く何もしないわけではありません。当然、基礎的な技術の習得は教えます。このあたりはネッツトヨタ南国と同じです。正解がはっきりしているものは、教えてしまえばいいのです。

しかし、現場で起こることに対応をしていくのは、その場にいる人にしかできません。経営者とはいえ、全てを牛耳ることはできないのは厳然たる事実。

経営者が出す答えを現場の人間に教え込む教育では、対応しきれないのです。

指示待ち人間を作っているのは教育?

また、他者が答えを教え込むことは「あなたに必要な答えには、あなたの力ではたどり着けない」という暗黙のメッセージにも繋がります。

この状況に陥れば陥るほど、人は他者に答えを求めます。そして、世間で言われる「指示待ち人間」が出来上がるのです。

管理職同士の会話で「最近は指示待ち人間が増えた」などという話を聞きますが、実は自分たちが増加の大きな要因の一つであることも理解する必要が出てくるでしょう。

教育が人を弱くすることも…

教育をする弊害について、もう一つ記事を紹介します。

教育したら、人はすぐに弱くなる

引用元:武術家・光岡英稔

格闘家の世界でも、同様に教育を人を弱くすることがあると事例を書いてくれています。この場合は、人を枠にはめることで、その持ち味を殺しているという理解でしょうか。

会社であれば、就活や新入社員研修という儀式がこの役割を果たしていると言えるでしょう。

むしろ、現場にいる人たちが自分で考えて、自分なりの対応策を講じていけるように後押しをするしかありません。上記の星野氏もご自身の仕事の定義をこう話しておられます。

そこで、私の仕事は環境を提供することです。

引用元:http://gendai.ismedia.jp/articles/-/45973

人材教育は調べれば調べるほど、その深さに圧倒されるばかりです。しかし、今後も研究を続けていきます。

その方法は、問題対処ですか? 問題解決ですか?

Ylvers / Pixabay

問題に直面したとき、あなたは問題解決をしていますか? それとも、問題対処をしていますか?

問題対処:【効果】目に見えやすい 【効果が出るまでの時間】短い
問題解決:【効果】目に見えにくい 【効果が出るまでの時間】長い

火事が起きたときの対応策を例にあげてみましょう。

「問題対処」
ホースで水をかけたり、消火器を使って消火する

「問題解決」
火事が発生しない方法を考え、新たな打ち手を講じる

どちらが重要かというと、どちらも大事です。ただし、問題対処ばかりしていると、問題が解決されることはありません。そして、いつかは問題対処が通用しなくなります。

お店が広告を打ち続けるのは「問題対処」

例えば、ホットペッパーに掲載されている広告。私が以前関わっていた「使い捨てコンタクトレンズ販売店」も毎月広告を出していました。

この広告費が毎月100万円近くかかることは、一般的には意外と知られていません。

当然と言えば当然です。クーポンを使う人からすれば、タダでもらえるフリーペーパーなのですから…。

掲載料の一例も今や検索すれば、あっさりと明らかになります。

HOTPEPPER 料金表

引用元:http://www.cells-inc.com/price.html

1ページ丸々使った広告を出すと、新宿エリアで85万円、大阪キタ・ミナミで88万円と書いてあります。

「これだけ高額な費用をかけて、元をとれるのか?」というと、非常に危ういのが実情です。

広告に掲載されているコンタクトレンズの販売価格を見ながら、店舗の担当者が「うちの仕入れ値より安い金額で広告が出ている…」と困惑している光景も何度も見てきました。

高額の広告費を使って、原価割れスレスレで販売をする。
広告掲載時だけ、客が来る。
しかし、広告を打ち切った途端、客足が遠のく。
そして、また広告を出す…。

この繰り返しを続けるだけでは、最終的な目標の一つである利益を上げることはできません。事業を営む目的は「高額の広告費を払い続けるため」ではないはずです。

加えて、広告の効果が落ちてきていることも、あちこちの店舗で聞こえてきています。

しかし、どうしていいのかわからず、多くのコンタクトレンズ販売店は、この「負のスパイラル」から抜け出せずにいます。

「問題対処」の売り文句に操られていませんか?

実は、このことは誰にとっても他人事ではありません。同様の構造は、誰の身にも起きています。

1日5分だけ○○をすれば痩せる!
□□さえあれば、内定が出る!
3つの△△で、子供の頭が良くなる!

これらのCMや書籍のタイトルに、惹かれたことがある人は多いのではないでしょうか。しかし、安易な手段に過ぎない「問題対処」をしているだけでは、問題は解決しないのです。

「問題解決」としての「教えない」教育

この「問題解決」に真正面から取り組んでいる会社があります。高知県のカーディーラー「ネッツトヨタ南国」です。

「教えないから人が育つ」横田英毅のリーダー学
走らないトヨタ: ネッツ南国の組織エスノグラフィー

ネッツトヨタ南国の取り組みについては、これらの本で詳しく書いてくれています。

人材教育にあたる際、「どうすればいいのか?」を先輩や上司が教えることは簡単です。結果として明らかに改善が見えますし、教育効果もすぐに出ます。

しかし、教えることは多くの場合「問題対処」に過ぎません。だからこそ「教えない」ことを重要視しているのです。

とはいえ、ネッツトヨタ南国でも、決して何もかも教えないわけではありません。必要書類の手続きの方法などは、決まりきったものは教えてしまえばいいのです。

ただ、接客や営業、人材育成などは、絶対的な答えなど存在しません。その時々で個々人が考える他ありません。このような状況では、教えたくても教えようがないのです。

最終的には自分で考えるのが一番

「自分で考えたところで、わからないよ!」という方もおられることと思います。そういった方にいつも私が聞くことがあります。

「喉が渇いたらどうしますか?」→「何かを飲みます」
「お腹が減ったらどうしますか?」→「何かを食べます」
「では、わからないときはどうしますか?」→「…??」

今まで、答えとして返ってきたのは「考える」「調べる」というものでした。どちらも誰もが自分でできるものです。

たしかに、考えて、調べただけで、すぐに問題が解決するかどうかはわかりません。わからないのですから、何度も打ち手を失敗することもあるでしょう。しかし、それこそが「問題解決」のプロセスです。

今後、安易な打ち手である「問題対処」を選んでしまいそうなときは、ぜひ1秒だけでもいいので「問題解決」を考えてみてください。

マクドナルドの「ピンクスライム肉」事件再燃! そこまで騒ぐ必要あるの?

deborahmiller56 / Pixabay

数年前に、ネット上を駆け巡った米国マクドナルドの「ピンクスライム肉」。その後、動きがあったようで、また注目をされています。

ジェイミー・オリヴァーがマクドナルドに勝った、肉の正体が明らかに

引用元:ジェイミー・オリヴァーがマクドナルドに勝った、肉の正体が明らかに

フェイスブックで何人もの知人がこの記事を紹介していますし、ブログで大騒ぎをしている方もおられます。

しかし、正直なところ、この記事を読んだだけでは、私には何が問題だったのかがよくわかりません。どういう裁判だったのかすら、調べても出てこないのです。

「動物性脂肪生地」と「アンモニア」は問題か?

上記の記事の書き出しには、こうあります。

オリヴァー氏が勝訴した裁判により、マクドナルドのハンバーガーの「肉」が、動物性脂肪生地とアンモニアから作られていることが証拠付けられた。

引用元:ジェイミー・オリヴァーがマクドナルドに勝った、肉の正体が明らかに

この一文だけで盛り上がっている人もいるようです。この中で、重要な情報は2つ。「動物性脂肪生地」と「アンモニア」です。

「動物の体内にある脂肪を固めた」だけ

まずは定義を調べてみました。

動物性脂肪

魚介類を含む動物の乳,肉,卵などの脂肪.

引用元:コトバンク

ごくごく身近なものです。この意味だと何の危険性も感じません。他のサイトでも調べてみましょう。

動物の体内に主に含まれている脂肪を動物性脂肪(英:Animal fat)という。

引用元:Wikipedia

ということは「動物性脂肪生地」とは、そのまま解釈すれば「動物の体内にある脂肪を固めた生地」となります。日頃から食べている食材にも含まれている動物性脂肪で作られた生地の一体何が問題なのでしょうか。

「アンモニア」だけで「危険」だと断定できない

では、アンモニアはどうでしょう? たしかに大量に吸い込んだり、皮膚に付着したりすると、危険な物質ではあります。しかし、度を越えた量が危険なことはどんな物質にも言えることです。

実は、身近にアンモニア成分を含む食品は存在しています。臭いがきついと言われるものが代表的です。

例えば、納豆。

アンモニアそのものは微生物の代謝の結果なので多くてもかまわないのですがいやなにおいは困ります。

引用元:道南平塚食品株式会社

納豆独特のあの臭いは、アンモニアだったのです。

他にも、くさややチーズなども同様です。発酵食品の中には、アンモニア成分が含まれていることは珍しいことではありません。

ちなみに、余談ですが「くさやがなぜうまいのか?」を解き明かそうとした研究者もおられます。

くさやの研究-Ⅰ.

くさや汁の成分およびくさや汁のくさやの品質に及ぼす影響*
清水亘・望月篤・清水潮・相磯和嘉(1967年9月9日受理)
引用元:https://www.jstage.jst.go.jp/article/suisan1932/33/12/33_12_1143/_pdf

完全に余談ですね!アンモニアに戻ります。

他の使い道として、添加物としても食品に使われています。

食品添加物の種類と用途例

イーストフード:パンのイーストの発酵をよくする:リン酸三カルシウム・炭酸アンモニウム

引用元:一般社団法人日本食品添加物協会

膨張剤として、昔から使われているのです。

最後まで情報不足の記事

厳密には、ひと口に「アンモニア」と言っても様々な化合物があります。単に「アンモニア」というだけでは人体に有害かどうかの判別はできません。

冒頭の記事ではあまりにも情報が抜け落ち過ぎていて、何がどう悪かったのかはさっぱりわからないのです。

このような不完全な情報伝達の状態は、記事の終盤になっても変わりません。

オリヴァー氏は、勝訴した裁判により、マクドナルドのファーストフードチェーンでは、本当の肉の代わりに、食用肉から出たくず肉、腱、脂肪、結合組織を混ぜた物から成るペースト状の生地とアンモニアが使用されていることを証明したことになった。

引用元:ジェイミー・オリヴァーがマクドナルドに勝った、肉の正体が明らかに

アンモニアについては、詳しく述べられないままです。多少なりとも情報が増えたのは、動物性脂肪生地に関するものだけ。

それも、食用肉の端肉が使われいてるという一般常識が書かれているに過ぎません。

これを悪意を込めた表現をすると、「くず肉」となるのでしょうが、スーパーマーケットで「特売!牛肉切り落とし」と同じです。

この程度の情報、わざわざ記事にしてまで騒ぐほどのことでしょうか? 食肉業界では、ちっとも珍しいことではないのですが…。

そして、何より、最も重要な「どのような裁判だったのか?」に関する情報が全く出てきません。これでは何の判断もできません。

大騒ぎするほどの記事ではない

とはいえ、ここまでいろいろ書いてはきましたが、私は決してマクドナルドの味方をしたいわけではありません。

そもそも、個人的に私がマクドナルドに行きたいと思うことはありません。今回取り上げた記事の内容がどうのこうのではなく、お金を払ってまで食べたいものがないからです。でも、これはただの好き嫌いなので、記事の内容とは全く関係のない話です。

騒ぐのであれば、まずは詳細な情報を発信してほしいものですね。

「情報」ということばは、いつ生まれたのか?

Clker-Free-Vector-Images / Pixabay

「情報とは何か?」と問われたら、どう答えますか?

情報化社会と言われて久しい昨今、身の回りには情報が溢れています。そのあまりの多さに溺れている人も少なくないでしょう。

テレビCMや昨日の記事にあったような「美顔器のステマ」に弄ばれてしまう人がいるのも致し方ありません。情報との付き合いが始まったのは、ごく最近の話なのですから…。

そもそも情報とは?

まず「情報」の意味を調べてみましょう。

以下は、コトバンクによる検索結果です。

じょうほう【情報】

①事物・出来事などの内容・様子。また、その知らせ。 「横綱が引退するという-が入った」 「戦争は既に所々に起つて、飛脚が日ごとに-をもたらした/渋江抽斎 鷗外」

②ある特定の目的について、適切な判断を下したり、行動の意思決定をするために役立つ資料や知識。

③機械系や生体系に与えられる指令や信号。例えば、遺伝情報など。

④物質・エネルギーとともに、現代社会を構成する要素の一。 〔「事情」を「報告」することから一字ずつ抜き出してできた略語。雑誌「太陽」(1901年)に出てくるのが早い時期の例。諸種の訳語とされたが英語 information の訳語として定着〕

引用元:https://kotobank.jp/word/%E6%83%85%E5%A0%B1-79825#E5.A4.A7.E8.BE.9E.E6.9E.97.20.E7.AC.AC.E4.B8.89.E7.89.88

簡単にまとめると、「知らせ」「資料・知識」「信号」といったところでしょうか。興味深いのが4つ目の意味です。

「事情」を「報告」することの略語だったのですね。「情報」という言葉がいつから存在したのかに関心があるので、これは非常に興味深い記述です。

起源は軍事用語

語源が何なのかが気になり、調べてみると、「情報」という言葉の始まりを調べた方々がおられました。

一人は、(財)日本医薬情報センターの長山泰介氏。彼が調べた内容は、論文として公開されているので、誰でも読むことができる。そこにはこう書いてあります。

情報という言葉の起源

森鴫外が明治20年前後クラウゼビィツの「戦争論」の翻訳に造語したのが最初と思われる。

引用元:http://ci.nii.ac.jp/naid/110002755644

さらに、過去を遡って最初の「情報」を見つけた人

しかし、その後より古い文献で「情報」という言葉を見つけた人が現れました。大手前大学の小野厚夫教授です。情報学(情報学基礎)と物理学(素粒子・原子核・宇宙線・宇宙物理)専門とされています。

小野氏が情報処理学会に2005年に寄稿されたものが公開されています。そこには「情報」という日本語の起源が書かれています。

45周年記念特別寄稿:情報という言葉を尋ねて(3)

・論文抄録

情報は日本で作られた言葉で、1876年出版の酒井忠恕訳『佛國歩兵陣中要務實地演習軌典』に最初の用例があり、その原語はフランス語のrenseignementである。初期には情報と状報が併用されていたが、ほどなく情報に統一された。はじめは兵語として用いられていたが、日清、日露戦争の記事で新聞用語として定着し、一般化した。第二次世界大戦後は英語のinformationの日本語訳として用いられ、科学的に取り扱われるようになった。

引用元:https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=65360&item_no=1&page_id=13&block_id=8

最も古い使用例は、今から約140年前のものが確認されているようです。フランスの軍事用語が原語だったのですね。それも軍事スパイや警察関係者しか使わないようなもので、同じ軍事用語の「諜報」と類似した意味で使われていたことがわかります。

このあたりの流れは、立正大学の山下倫範教授がまとめてくださっています。

「情報という言葉の語源とその周辺について」

http://yamashita-lab.net/yamasita-diary/information-origin.pdf

情報とは「刺激」ともいえる

小野氏の『45周年記念特別寄稿:情報という言葉を尋ねて(3)』を読み進めると、終盤にこのように書かれています。

いま,人の情報活動に限定して話を進めることにすれば,人の五感を通して得た知らせのすべてが「情報」である.

引用元:https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=65360&item_no=1&page_id=13&block_id=8

ということは「情報」はすなわちすべての「刺激」と言えるかもしれません。目に入る光も刺激、肌への接触も刺激、嗅覚が反応するのも刺激です。これらはすべて「情報」だということになります。

加えて、人間はただただ刺激に振り回されるだけの存在ではありません。刺激をただの刺激としておかないのです。

しかし,人はそのすべてを受け入れることはせず,何らかの評価基準で取捨選択し,そのごく一部だけを受け入れ,それが要因となって何らかの変化がもたらされる.この評価された知らせは「知識」と呼ばれることもあるが,その多くは「知識」というほどの重みを持っていない.

引用元:https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=65360&item_no=1&page_id=13&block_id=8

「情報」は「知識」の元となるのですね。冒頭の辞書に掲載されていた意味は、このあたりの内容を踏まえて定義されているものなのでしょう。

当然ながら、小野氏の言うとおり、全ての「情報」が知識になるわけではありません。しかし、衣食住などと同じように、「情報」は人類が生きていくのに必須なものとして、認識される必要があるようにも思えます。

ステマだらけの美顔器「リファカラット」は、効果の根拠が怪しすぎる

PIRO4D / Pixabay

「顔をコロコロする美顔器って、効果があるのでしょうか? 一度調べてください」

今回の調べもの依頼も、美を切実に望む女性からだ。しかし、今回はまだ購入前とのこと。それなら安心して調べられる。

美顔ローラーの火付け役「リファカラット」

美顔ローラーで有名なものといえば、「リファカラット」という商品らしい。たしかに、検索してみると、数多くの口コミブログやサイトが表示される。

予測変換には「リファカラット 効果なし」というものも出てくるが、その検索結果一覧をいくつか読んでみても、明確に否定しているサイトが見当たらない。

不思議に思いながらいくつものサイトを渡り歩く中で、ふと気づいたことがある。大半のサイトの文章構造が不自然なくらい似ているのだ。

ほとんどの文章が似ている

大筋の流れは決まっている。「使って良かった!」という実体験から入り、リファカラットのメーカーが推しているポイントを列挙して褒めたたえる。

  1. マイクロカレント
  2. エステティシャンの手の動きを再現
  3. プラチナムコート
  4. 防水構造

そして、最後は「公式サイトから正規品を買うべき」という結論とともに、広告やアフィリエイトが張られているのだ。

記事作成の安い仕事が募集されている

この手の場合、この類の記事を書かせる仕事がクラウドソーシングで、募集されているのをよく見かける。実際、少し調べただけですぐに見つかった。

美顔器のレビュー記事ライター様募集!初心者の方でも丁寧に指導します♪主婦の方も大歓迎です!報酬アップ有り。商品プロモー ション用記事作成のお仕事です。【1記事3000文字程度1200円】

引用元:https://crowdworks.jp/public/jobs/413195

似たような文章構造の記事は、こうして量産されるのである。

こうなると、商品の効果も怪しく見える。そこで、リファカラットの特徴とされているマイクロカレントについて調べてみた。

マイクロカレントとは?

人体に流れている微弱な電流のことを「マイクロカレント」というのだ。このこと自体は決して珍しい技術でも現象でもない。

そして、この微弱電流を医療に応用する研究している方々がいる。その一つが一般財団法人日本電子治療器学会だ。数ある電気刺激療法の一つに、マイクロカレントが記載されている。

マイクロカレント療法(微弱電流療法)

人間の身体にもともと流れている電流を生体電流といいます。この生体電流に似た微弱な電流を使った治療法がマイクロカレント療法です。
ケガや痛みの治療に効果が高く、スポーツの世界でも積極的に使われています。

引用元:http://nihondenshi.xsrv.jp/hp/?page_id=964

効果は損傷した筋肉の回復

実際に調べてみると、マイクロカレント療法に関する論文がいくつも出てくる。

マイクロカレント刺激が損傷骨格筋の再生に及ぼす影響

MENSは、骨格筋再生能を活性化させることで損傷骨格筋の回復を促すことが示唆された.

引用元:https://www.jstage.jst.go.jp/article/cjpt/2008/0/2008_0_A3P2104/_pdf

損傷した骨格筋の回復を促すという現象が報告されているものだ。この論文で注目されている骨格筋とは何かを調べてみると、以下のような記事が参考になった。

骨格筋は私たちが身体を動かすための筋肉です。

引用元:国立病院機構|宇多野病院|関西脳神経筋センター
http://utanohosp.jp/html/patient/know/know_03/know_03_01.html

体を動かすための筋肉を傷めてしまっては、日常生活にも支障をきたしかねない。

だが、体は安静にしていながらも回復を促せるのだとしたら、スポーツ選手を始め、様々な人が助かることだろう。

しかし、これはまだまだ研究段階で、正確なところはわかっていないのが現状だ。次の論文の末尾にはこう書かれている。

美顔効果ではない

損傷骨格筋の再生に及ぼすマイクロカレント(微弱電流)の効果

今後、MENSの損傷骨格筋への分子レベルでの作用機序を解明することは不可欠であり、組組織学的検討をはじめさらなる多角的な検証が必要である。

引用元:http://ci.nii.ac.jp/naid/110007164848

なぜ微弱電流が回復を促せるのかは、まだまだわかっていないのだ。しかも、効果が報告されているのはあくまで「損傷した骨格筋の再生」である。これを美肌効果と同一視するのはどう考えても無理がある。

美顔効果の根拠は見つからない

リファカラットの公式サイトには「なぜ効くのか?」に関する記述が全くない。医療機器ではないから書いてはいけないのかもしれない。しかし、美肌効果を主張するなら、それなりの根拠を示す必要がある。

現状では相談者に「効果がありますよ」とは、とても言えない。「根拠が見つかりませんでした」としか言いようがない。大して根拠がないものを大金を払って買う人がいるだろうか。甚だ疑問である。